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戦後初期の日光局風景印


日光風景印昭和23年2月1日の日光局風景印が押された米国あて船便葉書です。裏面を見ると、差出人は名古屋在住の日本人のようで、日光が有名な観光地であるという簡単な紹介文が記されています。

局名が欧文でも入っているあたり、確かに国際的観光地としての日光の地位が見て取れます(今使われている風景印も欧文入りです)。風景印を外国あての郵便に使用する場合は、欧文印を別に押すという規定になっていたように思いますが、この葉書には風景印しか押されていません。風景印の中に欧文局名表示があるので、これでよいのでしょうか。それとも単に忘れただけ? 当時はそんな規定がなかった? あるいは、ややこしい押印規定などにかまっていられない時代だったのかも。そもそも当時の日光局に、通常の欧文印が配備されていたかどうか...(調べればわかるはずですが省略)。

貼られている切手は、第1次新昭和切手の2円「清水寺」(無目打)です。外国あての郵便は少ない時代でしたが、昭和22年4月1日から23年8月31日までの間、後継の第3次新昭和切手「清水寺」(目打入り)とともに、2円料金の外信葉書に貼って使用された例を結構見かけるような気がします。

切手普及課差し立ての記念切手貼りカバー


すいせん5枚貼り船便昭和30年代の記念切手貼りカバーをあさっていると、しばしばこのような品に遭遇します。差し出しは東京中央局切手普及課(Philatelic Agency Tokyo Central Post Office)で、通信販売の記念切手郵送に使われた封筒です。国内あてもありますが、外国あてのものが目につきます。外国の郵趣家のもとで大切に保存されていた封筒が、まとまって里帰りしているということでしょう。

外国あてのこの手の封筒には、その時期の記念切手がセンスよく貼られていることが多いものです。上の封筒は「すいせん」が5枚貼られた2倍重量船便ですが、5枚の切手を田型と単片に分けて貼ってあるあたり、なかなかのセンスですね。封筒の中味は、新発行のすいせんのシート(+アルファ?)だったのでしょうが、発行初日の欧文印が鮮明に押されています。

記念切手の専門的コレクションを構築する際、この切手普及課便はとても有用なマテリアルです。上の封筒は普通便の船便ですが、航空便や書留などの特殊扱いが付加されたものもよく見かけます。ただ封筒が大型な場合が多いため、アルバムリーフにうまく貼れない場合があります。これが唯一の難点と言えるかもしれません。

国内航空郵便再開記念カバー


国内航空開始-2昭和26年に再開された国内航空郵便ですが、その1週間後に料金改定となったため、当初料金のエンタイヤは「幻の名品」です。オークション誌上で、たまには非郵趣家便の姿をしている売り物に遭遇しますが、偽造品の疑いもあってなかなか手を出せるものでありません。むしろこのような記念カバーの方が、安心と言うべきかも知れません。国内航空開始-1記念カバーとしては、こんなものも有意義な品と言えるでしょう。制度の正式運用に先立って、半年前に「郵便週間記念」として実施された記念飛行のカバーです。正式運用でないということで、特別な割り増し料金なしで飛行機に乗せてもらえたようです。

ところで昭和24年の趣味週間切手「月に雁」は、正式には「郵便週間記念」です。この年は秋の開催でしたが、翌昭和25年からは切手趣味週間とは別に、春の郵政記念日に合わせて設定されました(その後昭和33年からは、切手趣味週間を春に移して再統合)。

昭和25~28年の間は切手趣味週間の切手が発行されていませんが、昭和25年の郵政記念日制定、26年の郵便80年小型シートなどの郵便週間関連記念切手、昭和25年の趣味週間特印と平等院普通切手の小型シートなどとともに、上の記念カバーも趣味週間切手のコレクションに加える価値がありそうです。

普通切手帳18888番


普通切手帳188882月3日に届いた銀座郵便局の通信販売分です。「11111」と比べれば格下ですが、ちょっと嬉しくなる番号ですね。なお初日に鹿児島中央局で購入した分は12746でした。鹿児島中央局での初日発売分は55部だったそうですが、追加分がどうなったかは知りません。

余談ですが、この1000円切手の小型シートは、みなシワだらけのようです。マウントから出して別保管する方がよいという説もありますが、今さらどうにもならないようにも思います。