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「普通の普通切手」の多数貼り


10円ソメイヨシノ8枚貼り航空便書状  MEGURO 26.VI.62 → 米国

15円キク3枚貼り航空便葉書  MUSASHIFUCHU 28.IV.70 → 米国15円キク6枚貼り航空便書状  MOBARA 23.VI.71 → 米国

それぞれの時代の最もありふれた普通切手(国内書状用額面)を多数貼りにした、外国あて航空便です。全くの駄物ではありますが、一般人が買い置きしてあった切手を、高額の外国あて郵便に使えるだけ使ったカバーという意味で、有意義な多数貼りと言えるでしょう。ごく自然な使われ方をしています。使用量の少ない特殊額面の切手を、収集家がまとめて(無理に)使ったものとは一線を画しています。

10円ソメイヨシノは、単位額面切手としても、さまざまな郵便に幅広く使われました。8枚貼りで80円として使ったわけですが、8枚全部バラバラです。1枚ずつ使うつもりで切り離しておいた切手を、かき集めて貼りつけたのでしょう。封筒から少しはみだしている切手もありますね。

15円切手は、それだけで多数貼りとして使える例は限られますが、国際郵便の中で最も量の多い米国あて航空便料金が、葉書が45円、封書が90円ということで、うまい具合に15円切手だけで必要料金を構成することができました。なお45円葉書は「航空」の表示がありませんが、まあ航空扱いで送られたものでしょう。葉書の方はスペースが狭く、はみ出した上に重ね貼りになっています。本当はこういう貼り方はNGですが、まあやむをえなかったとして見逃してもらったのでしょう。

以上、5月例会で披露したカバーの一部を、記録としてここに残しておきます(永吉)。

ツェッペリン飛行船が運んだ郵便物


昭和4年(1929年)8月19日、当時世界最大の飛行船であった「ツェッペリン伯号」が、世界一周(北半球周遊)の途中で日本に立ち寄り23日までの5日間、霞ヶ浦に滞在しました。一般に「ツェッペリン飛行船」と呼ばれるのは、20世紀初頭にドイツのフェルディナンド・フォン・ツェッペリン伯爵によって開発された飛行船全体の通称で、実際にはそれぞれが名前を持っています。このうち、日本にやって来たのが、「ツェッペリン伯号」(グラーフ・ツェッペリン号)でした。

ツェッペリン号は世界一周に合わせて、郵便物を積み込み、着陸地に運んでいました。これは、飛行船の収益事業の一つだったようです。日本には約7700通の郵便を運び、また日本からも約5500通のアメリカ、ドイツ向けの、郵便物が積み込まれました。その料金は日本からロサンゼルスまで封書で2円10銭、当時の日本国内の郵便料金が封書3銭でしたから、国内郵便と比べてかなり高額なものでした。 写真は、その時積み込まれたアメリカ・ロサンゼルス宛封書のエンタイアで、昭和大礼記念10銭(当時、一番新しい記念切手)1枚と旧大正毛紙50銭4枚の計2円10銭の切手が貼られています。消印は「TOKIO21.8.29」の欧文櫛型印が押されており、封筒の右下には、丸型の 赤いスタンプが押してあり,真ん中に「GRAF ZEPPELIN (ツェッペリン伯爵号)」とあります。裏側にもカリフォルニア州ロサンゼルスの到着印があり、その日付は1929年8月26日になっています。

(参考文献「日本航空郵便物語」 園山精助著 )

近江支部 酒田義博 (代理投稿:永吉)

「郵便創始75年」30銭・50銭の使用例


アメリカ宛平面路はがき2円(1947.4.1~1948.8.31)横須賀 /22.8.13/神奈川県

アメリカ宛平面路はがき2円(1947.4.1~1948.8.31)OSAKA /18.10.47/

戦後最初の記念切手として1946年12月12日に4種が発行されましたが、4か月経たないうちに料金改正があり、それぞれの適正使用例はほとんど見かけません。写真のエンタイア2通は、共に改正後の船便はがきで普通切手を貼り足して2円にした使用例です。15銭と1円が未収ですが適正使用にこだわらず、気長に探すつもりです。

近江支部 酒田義博 (代理投稿:永吉)

「皇太子ご成婚」の使用例


平面路書状20gごと30円(1959.4.1~1961.9.30) SHIBUYA /9.V.1959

アメリカ宛航空便書状10gまでごとに75円(1959.4.1~1961.9.30) IKEDA/ -6.Ⅴ.59

1959年4月10日、現天皇、皇后両陛下のご成婚の儀が行われました。私は、小学校4年生に進級したばかりでしたが、結婚式後行われたパレードをテレビのある友達の家で見たことを鮮明に覚えています。当日は、平日でしたが、法律によって「国民の祝日」になりました。当時の物価を、調べてみると大卒初任給が1万円一寸の時代に、白黒テレビは5万円近くしたようで現在の貨幣価値からすると100万円ぐらいでしょうか。写真のエンタイアは(1)は船便書状、(2)が第2地帯宛書状3倍重量便です。

近江支部 酒田義博 (代理投稿:永吉)

90円額面文通週間切手の1枚貼り使用例3点


引き続き4月例会での披露品のうち、会報に載せる予定のない品の一部を、ここに掲載しておきます。この記事では、近年の文通週間切手貼りの外信カバーを3通紹介いたします。2003年~05年の90円額面切手1枚貼り航空便書状です。

タイあて航空便書状 YAMAHANA 6.XII.03

タイあて航空便書状 SHIMIZU 25.XII.04

タイあて航空便書状 HIGASHIYODOGAWA 7.XII.05

3通ともタイ宛ですが、差し出し人・宛先はみな異なります。すべてクリスマスカード郵便のようです。昔の海外あてクリスマスカードは印刷物便で送られたものが多いようですが、紹介品は書状です。近年は25gまでの定形サイズであれば書状を基本料金で送れるようになったので、こういう例が多いようです。20g以下で信書が入っていなければ、印刷物扱いにして70円で送ることもできたはずですが、そこまでケチろうとする人は多くなさそうです。

毎年の文通週間切手の「適正1枚貼りカバー」をすべて揃えようとすると、(費用はともかく)手間と保管スペースが大変なことになりますが、上例のように異なる差出人と宛名の品で揃えることができたら、きっと尊敬されるに違いありません。

(永吉秀夫)

趣味週間切手の外信使用例3点


4月例会での披露品のうち、会報に載せる予定のない品の一部を、ここに掲載しておきます。この記事では、趣味週間切手貼りの外信カバーを、時代順に3通紹介いたします。

船便書状 YAHATA 12.XI.59 → 沖縄

1点目は雨傘美人貼りの沖縄あて船便書状。復帰前の沖縄あて郵便は国際郵便として扱われましたが、船便扱いの郵便料金は、国内便と同額でした。ということで、このような郵便物が残されました。単調になりがちな記念切手貼りカバー収集において、変化を与えてくれるマテリアルと言えるでしょう。

航空便書状 OSAKA 1.V.78 → 韓国

2点目は約20年後、50円額面時代の韓国あて航空便です。この時期は2種連刷だったので、連刷のまま使用したカバーが欲しくなります。100円料金の第1地帯あて航空便は、まさしくそういう使用例のひとつです。上の画像は1978年「寛文美人図」のペア貼りで、ルックスも良好ですが、銘版・カラーマークの入った耳紙つきのまま封筒に貼っているのは、やはり収集家差し出しの郵便ということでしょうか。封筒裏面に書かれている差出人名に思いあたるとlころはありませんが、私が知らないだけかも知れません。

航空便印刷物 KIYOSE 5.VI.98 → ドイツ

最後はさらに20年後の80円額面時代の1枚貼りです。郵便料金の内外格差が縮小し、国内封書用の切手をそのまま1枚貼りで、印刷物とは言えヨーロッパあての航空便に利用できるようになりました。紹介品は1998年「罌粟」1枚貼りの、第2地帯あて航空便印刷物です。差出人名は、「Kiyose Senryu Kai (清瀬川柳会)」とありますね。収集家便ではなさそうです。封筒下部のバーコードは、送達途中のどこかで印字されたものでしょうか。

(永吉秀夫)

関門トンネル開通記念


米国あて航空便書状(料金70円)   HAMAMATSU 3.IX.58 →  米国

最近の記念切手の発行日などほとんど覚えていませんが、昔の切手の発行日はよく覚えています。この切手は1958年3月9日(日)です。特にこの切手のことをよく覚えているのは、私が初めて郵便局で買った記念切手だからです。日曜日の朝、自宅から市中心地にある郵便局まで、子供の足で30分くらいかかったかと思います。

ということで特別な思い入れのある切手ですが、59年後に画像のようなものまで集めることになろうとは、思いもよらなかったことでしょう。国内封書料金が10円というキリのよい額だったので、その料金に合わせて発行されたこの時期の記念切手は、いろいろな用途に便利に利用することができました。紹介品は、まとめて7枚を封筒に貼って差し立てた米国あて航空便です。

(2017年3月例会披露品)

文化人切手「夏目漱石」の使用例   酒田義博 (代理:永吉)


第1種書状3倍重量便24円+書留30円   東京・本郷動坂/25.7.14/

写真のエンタイアは3倍重量の書留便でそれぞれ、「夏目」8円、3枚と「螺鈿」10円が3枚貼ってあり分かりやすい使用例です。

東京・本郷動坂から北海道根室に宛てた書状ですが、封筒の下部が配達の途中で破れたらしく、根室局の「損所修補」の印が押されています(→下の拡大図)。修補損所印は明治19年から使用されていますが、明治25年に日付印にての代用も認められ、現在は付箋が使用されています。中身は大切な書類と思われますが、無事に届いたのでしょうか。

第6回国体の連刷使用例  近江支部 酒田義博(代理:永吉)


%e9%85%92%e7%94%b02017-01今年は、国体の記念切手が発行されて70年になりますので、その使用例を紹介します。国体切手と言えばすぐに「連刷」が思い浮かびますが、中でも初期国体(第2回から5回)の4種田型連刷使用済はかなり難しく、その組み合わせはそれぞれ4種あり全て集めるのは、至難の業のようです。しかしそれ以後は、2種連刷になり、比較的集めやすいようです。

写真は第4種印刷物の帯封で100gまで6円の適正貼です。第6回国体では、適正期間5日の1枚貼のハガキの使用例がよく知られています。第4種印刷物は、1949年5月1日から1951年10月31日まで6円で11月1日からは第5種に編入され100gまで8円に改正されています。この切手の発行日は10月27日で、同じように5日間の適正期間になります。差出人は「郵趣研究室」となっていますので、何人かの収集仲間に送っているとすれば、同じような使用例が出てくるような気もしますが、違った連刷組み合わせのエンタイアが出てくるのではないかと期待しています。